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東京高等裁判所 平成6年(ラ)651号 決定

抗告人

甲野一郎

甲野花子

右両名代理人弁護士

清井礼司

相手方

A株式会社

右代表者代表取締役

乙川二郎

右代理人弁護士

今井和男

古賀政治

横山雅文

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を 横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

1  抗告の趣旨

(一)  原決定を取り消す。

(二)  相手方の抗告人らに対する保全処分命令の申立てを却下する。

2  抗告の理由の要旨

(一)  執行裁判所が売却のための保全処分を発令するに際しては、民事執行法(以下「法」という。)八三条三項(担保権実行による競売事件である本件については一八八条による準用。以下、条項を引用するに際し法第二章第二節第一款第二目の各規定についていずれも同じ。)の類推適用により相手方を審尋することを要するものと解すべきところ、原審は、本件競売事件の債務者ではなく、競売物件(別紙物件目録2記載の各土地。以下「本件土地」という。)の所有者でもない抗告人らを審尋することなく、原決定を発令したのであるから、違法である。

(二)  担保権実行による競売事件における保全処分の相手方は、債務者及び所有者に限られ、単なる競売物件の占有者はこれに含まれないと解すべきところ、抗告人らは、競売の対象外である地上建物(別紙物件目録1記載の建物。以下「本件建物」という。)の所有者としてその敷地(本件土地のうち、同物件目録2の(3)及び(5)記載の各土地。以下「本件敷地」という。)を占有しているにすぎないのであるから、保全処分の相手方とはならない。

(三)  法五五条一項に基づき保全処分を発令するためには「不動産の価格を著しく減少する行為をするとき、又はそのおそれがある行為をするとき」という要件に該当する事実が存することが必要であるが、自己所有の建物に居住するだけでは、その敷地について価格が減少することにはならない。

(四)  抗告人らは、本件土地について差押えがされる前に、その所有者である丙田三郎から抵当権が実行されることはないとの説明を受けてその言を信じ、本件敷地を賃借して同土地上に本件建物を建築したものであり、競売が開始されることは全く予期していなかったのであるから、執行妨害の意図はない。

二  当裁判所の判断

1  法は、売却のための保全処分を発令するについて必ず審尋すべきものとは定めていない。これは、執行妨害を排除するために緊急に処理することを要する場合が多く、かつ、その実効を期すためには密行性が要請されるという保全処分の特質にかんがみれば、常に相手方を審尋すべきものとすることは適当でなく、相手方の権利擁護のために審尋をすることが相当であると考えられる事案においては法二〇条の裁量的審尋の規定を活用すべきものとしていると解されるのである。したがって、不動産引渡命令に関する法八三条三項は、保全処分に類推適用されないものというべきである。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、抗告の理由(一)は採用できない。

2  そこで、原決定の実体上の要件の欠缺を主張する抗告の理由(二)ないし(四)について判断する。

(一)  一件記録(本件抗告事件及びその原審記録のほか、横浜地方裁判所平成五年(ケ)第一八八八号事件及び同裁判所平成五年(ヲ)第三四八五号事件記録を含む。以下同じ。)によれば、以下の各事実を一応認めることができる。

(1) 原審申立人A株式会社(以下「申立会社」という。)は、平成元年一二月八日、株式会社Bに対し金四億一〇〇〇万円、株式会社Cに対して金一億六〇〇〇万円を貸し付け、右各貸金債権を担保するため丙田三郎所有の本件土地に極度額をそれぞれ金五億七〇〇〇万円(株式会社B分)及び金二億円(株式会社C分)とする順位いずれも一番の根抵当権を設定する旨の契約を締結し、同日、その登記を経由し、その後平成二年一二月一三日、更に株式会社Bに対し金一億六〇〇〇万円、株式会社Cに対し金四〇〇〇万円を貸し付けた。

(2) 丙田三郎は、前記根抵当権設定に際し、右両社と連名の下に申立会社に対し、同社の書面による承諾なくして本件土地上に建物を建築したりしないことを誓約する旨記載された念書を提出した。

(3) 株式会社Cは平成三年八月三〇日、株式会社Bは平成五年八月一二日、それぞれ第二回目の手形不渡りを出し、銀行取引停止処分を受けたことから、同年九月一〇日ころ、申立会社の担当者が丙田三郎に対し、本件土地を任意売却して前記貸金の弁済に充てないと競売の申立てをせざるを得ない旨伝えた。

(4) 丙田三郎は、同月六日、本件敷地を旧地番三一七六番一及び二から分筆した上、同月一六日、相模原市農業委員会に対し本件敷地について賃借権を設定する旨の届出をした。

なお、同人及び抗告人らの間では、平成五年一一月一日付けで本件敷地について、賃料は年額一二万円で全額一括支払済み、期間は同日から五年間とし、賃借権を第三者に譲渡又は転貸することができる旨の特約が付され、敷金欄は空白のまま記載されていない土地賃貸借契約証書が作成されており、これを登記原因証書として同年一二月二日付けで賃借権設定仮登記が経由されている。また、同年一一月一日付けで敷金五〇〇〇万円の預託を受けた旨の丙田三郎名義の預り証、五年分の賃料合計金六〇万円の支払を受けた旨の同人名義の領収書が存在する。

(5) 抗告人らは、同年一〇月二五日付けで相模原市建築主事に対し、建築確認申請書を提出し、同年一一月五日付けで建築確認を得、そのころ、有限会社Dをして代金約一五〇〇万円で建築工事を請け負わせた。

(6) 申立会社は、担当者が同年一一月三〇日本件土地を視察した際、本件建物が建築中であることを知り、丙田三郎に抗議したが、同人の聞き入れるところとはならなかった。

なお、そのころに工事の進捗状況は、屋根が葺かれているものの、建物の外周は、下地が露出していて外壁材が未だ取り付けられておらず、足場が組まれている状態であった。

(7) 申立会社は、同年一二月一〇日、競売の申立てと同時に執行裁判所に対し、抗告人らを相手方として本件土地上における建築工事の中止・禁止等を求める売却のための保全処分の申立てをしたところ、同裁判所は、同月二〇日、右申立てを認容して、抗告人らに対し、①本件土地上において行っている建物の建築工事をすべて中止せよ、②本件土地上に建物を建築してはならない、③執行官は本件土地につき抗告人らが右命令を受けていることを公示しなければならない、以上の内容の保全処分を発令したが、これに対して、抗告人らからは何らの不服申立てもされなかった。

なお、右発令の時点で本件建物はほぼ完成しており、同月二七日には、登記原因及びその日付が同月一七日新築、所有者が抗告人甲野一郎(持分三分の二)及び同甲野花子(持分三分の一)として本件建物につき表示の登記がされた。

また、同月二四日、右公示の執行がされたときには、本件建物内に居住している者はおらず、プロパンガスのボンベがガス配管に接続されていないなど、一部工事が未了の状態であったが、翌平成六年一月には、抗告人らがその家族とともに入居した。

更に、同月二四日に執行官により点検執行がされたが、前記公示の執行時に掲示された公示書が撤去されており、本件建物の玄関内に置かれてあった。

(8) 同年五月一一日、申立会社から本件保全処分命令の申立てがされたが、その後も本件建物には控訴人ら及びその家族が依然として居住している。

なお、本件敷地は、矩形をした本件土地のうち東南側の約四分の一を占めており、その東側において公道に面している。本件建物は、本件敷地のうち西側の奥まった位置に建てられており、本件土地のほぼ中央部分に位置している。

(二)  ところで、法五五条一項所定の保全処分の相手方となる価格減少行為の主体に関しては、確かに抗告人が主張するように、政府提出原案では「債務者又は不動産の占有者」とされていたのが、国会での審議の過程で「不動産の占有者」が削除され、「債務者」のみとされるに至ったのであるから、単なる競売物件の占有者に対しても保全処分を発令し得るとした場合には、右の立法経過に反し、かつ、法の文言を無視することになるといわなければならない。しかしながら、債務者(抵当権実行による競売においては債務者・所有者)は、常に自ら直接に対象不動産を占有しているとは限らないのであって、第三者を介在させることにより巧みに執行妨害を図ることもないわけではない。このような場合にも、債務者・所有者の意義を形式的に解釈して、右の第三者に対して保全処分を発令できないとすれば、同制度の実効性は甚だ弱いものとならざるを得ない。そして、執行妨害を目的として所有者・債務者の意思に基づき対象不動産を占有する者は、執行手続において固有の権利ないし利益を保護されるべき立場にはないのであるから、債務者・所有者と同様の取扱を受けてもやむを得ないものと解される。以上の考慮の下に、かような者も債務者・所有者の占有補助者ないしこれと同視し得る者として保全処分の相手方になると解することは文理上十分に可能である。

これを本件についてみるに、抗告人らは、債務者である株式会社Cの信用状態が悪化し銀行取引停止処分がなされた後に、根抵当権が設定されている本件敷地を賃借したとしてその上に本件建物を建築して同土地を占有するに至った者である。そして、その主張に係る占有権原である賃借権は、前判示のとおり、期間が五年間と短く、建物を建築所有するためのものとしては不合理である。また、敷金が五〇〇〇万円と極めて高額であるのに反し、賃料は年額一二万円と低廉であるばかりでなく、これを一括前払するという不可解な約定となっている。むしろ右の約定からすれば、短期賃借権としての保護を受けることを狙っているとみることもできないではない。

もっとも、抗告人らは、所有者の丙田三郎に対して本件敷地の売却方を申し入れたところ、根抵当権が抹消されるまで待ってほしい旨依頼され、正式の売買が締結されるまでの間取りあえず賃貸借契約を締結し、敷金は預金として保管してもらうこととしたものであると主張し、これに沿うかのような文書(前記(一)(4)参照)が存する。

しかしながら、極度額が合計金七億七〇〇〇万円にも及ぶ根抵当権が設定されている土地は、担保権の実行によりいつ建物を収去しなければならない事態が出現するか分からないのであるから、同土地上に多額の費用をかけて建物を建築するというのは、他に何らかの目的がない限り考え難いことである。この点に関し、抗告人甲野一郎は、右のような不安があったため丙田を介して株式会社Bの代表取締役に確認したところ、根抵当権を実行されるおそれはないし、土地を賃借して建物を建築することは正当な行為であるとの返答を得た旨述べるけれども、同社及び株式会社Cの負債額及び信用状態は調査してみれば容易に分かることであるし、これを承知の上で多額の敷金を交付し、工事請負代金を自ら出捐することは、通常あり得ないことというべきである。また、前判示のとおり右両社及び丙田は申立会社に対して本件土地上に建物を建築しない旨誓約しているのであるから、右のような返答をするとは考え難い。そして、農業委員会に対して賃借権設定の届出をしていること、右の敷金にほぼ相当する金員が平成六年五月三一日現在で丙田三郎名義の農協の貯金口座に預け入れられていることを示す証拠も存するけれども、これらは賃借権設定の外形を整えるために採られた手段と考えられないでもないから、これのみでは真実建物を建築して所有するための賃借権が設定されたとするには十分でない。

右の諸点に加えて、本件建物が本件土地のほぼ中央部分に存すること、抗告人らは一連の経過の中で一貫して本件建物に居住することにより本件敷地ないしこれを含む本件土地を占有することに執着しているとみられることをも併せ考慮すれば、抗告人らが丙田三郎との間で締結した賃貸借契約は、通常の用益のみを目的としたものということはできず、同人の意思に基づき申立会社の担保権実行による競売を妨害する意図の下に法律関係の外形を作出しているものと推認すべきである。

以上によれば、抗告人らは、本件土地の所有者の意思に基づき占有している占有補助者に該当するというべきであり、売却のための保全処分の相手方となり得る。

(三)  次に、抗告人らは、本件建物に居住しているにすぎないから、競売物件である本件土地について価格減少行為をしていることにはならない旨主張する。

しかしながら、法五五条一項の価格減少行為は、物理的に競売物件を破壊、損耗し、その価格を低下させる場合に限らず、競売における売却価格を低下させる場合も含まれると解すべきである。例えば、競売物件を第三者が占有しているため、買受申込みをしようとする者が躊躇せざるを得ないような場合には、結果的に売却ができなかったり、あるいは買受価格が著しく下落してしまうことになるから、この後者の例に当たることになる。

これを本件についてみるに、抗告人らは、前判示のとおり、競売を妨害する意図の下に本件土地についての賃貸借契約関係の外形を作出し、本件土地の上に建物を建築してこれを占有しているところ、このような占有者に対して保全処分を発することが許されないとすれば、買受人が建物収去土地明渡請求訴訟を提起しなければならないこととなるから(不動産引渡命令によっては、建物を収去することはできないからである。)、本件建物が存在することにより、競売に参加して買受申込みしようとする者は、これを排除するために多大な費用と労力を費やすことを余儀なくされることを危惧し、買受申出を控える可能性があり、その結果、売却価格が著しく低下するおそれがあるものと考えられる。

そうすると、抗告人らの行為が前記の意味での価格減少行為に当たるものと解される。

(四)  競売物件である土地の上に第三者が執行妨害の意図で建物を建築、所有して土地を占有している場合に、これが法五五条一項にいわゆる価格減少行為に当たるときは、右第三者に対して同条項による命令を発することができることは、既に述べたとおりであるが、どのような内容の命令を発するかについては、法は、単に「これらの行為を禁止し、又は一定の行為を命ずることができる。」と規定するのみであるから、価格を減少させる行為の態様に照らし、保全の目的の範囲内で、裁判所は自由にその内容を決することができると解するべきである。

ところで、右のように既に建物が完成している場合には、今さら建物の建築を禁止しても意味がないから、ほかに保全の目的のため有効な何らかの方法があるかが検討されなければならない。この場合、もと更地であった土地の上に建物が建築されたことにより、更地であった場合と比較して当該土地の価格が著しく減少することになったのであるから、その建物を収去して更地の状態に戻すのが最も直裁的、抜本的な解決であり、このような方法は法が認めているものと解される。

しかし、当該建物に所有者が居住している場合に建物からの退去を命ずることができるかどうかは問題である。

第一に、競売物件である土地の価格が減少するのは、その土地の上に、第三者所有の建物が存在するからであり、建物の所有者がそこに居住しているかどうかは当該土地の価格にほとんど影響するところがない。仮に居住者を退去させても、建物が存在する限り土地の価格を著しく減少させている事態に変わりはない。

第二に、建物の所有者が現にその建物を唯一の住居として家屋と共に居住している場合には、建物からの退去を命ぜられると、生活の基盤を一挙に失うことになる(この点に関する限りは、建物の収去を命ぜられても同じことである。)。このような場合の退去命令は、保全の目的を超えることになりかねないので、慎重な検討を要するところである。

第三に、この命令により建物所有者が退去した後でも、その者の所有する建物は残存することになるから、当該土地を第三者が占有する状態に変わりはなく、しかもその建物はだれも管理する者がないという事態になり、問題がないわけではない。

このような点を考えると、建物の所有者に建物からの退去を命ずることは、保全の効果がほとんどない一方、建物所有者の生活に重大な影響を及ぼすので、保全の手段としての相当性を欠き、許されないものといわなければならない。

そうすると、抗告人らに対して本件建物からの退去を命じた原決定は違法であり、取消しを免れない。

ところで、本件のような場合に一般的に建物の収去を命ずることが法の容認するところであることは、さきに述べたとおりであるが、右の第二にみたような酷な結果となることがあり得るので、本件においてそれが許されるかどうかは、なお検討の余地がある。また、申立会社としては、本件手続の中で、建物からの退去に代えて、建物の収去を求めるか、又は、これに代わる抜本的な方法はないとしても、少なくとも現状を変更しないための措置、その他何らかの行為を求めて申立の趣旨を変更し、本件申立を維持する余地がある。いずれにしても、本件については申立会社の申立をまってその当否につきさらに審理判断しなければならない。その場合に、当審において審理判断することは、当事者の審級の利益を失わせることになるので、本件は原審に差し戻すのが相当である。

三  結論

よって、原決定を取り消し、本件を原審裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官市川賴明 裁判官齋藤隆)

別紙物件目録1、2〈省略〉

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